ジェンダーを語る時に必須の英語表現(2)〜“女”の共同体〜
「レズビアンフェミニスト」はレズビアンだったのか? 黒人コミュニティに根ざす「アザーマザリング」とは? JKローリングが騒いでた「生理のある人」って結局どういう話だったの?
今回は2月にお送りした「ジェンダー関連の英語表現を11こ紹介します」の続編です。
テーマは「“女”の共同体」。
取り上げる表現は次のとおりです。
lesbian feminism
other mothering
matrilineal
misgender
people who menstruate
gynecologist
知っている単語でも、実際にどんなふうに文の中で使うのかわからない、どんな背景がある言葉なのかわからない、という人は多いと思います。
ぜひ解説もしっかり読んで、身につけましょう。
lesbian feminism
意味
「レズビアン・フェミニズム」
1970年代〜1980年代前半に盛り上がったフェミニズム運動。男性との関係において女性を位置付けるのではなく、女性同士の関係にフォーカスし、女性のコミュニティを重要視する「レズビアニズム」(レズビアン主義)を基盤に置くフェミニズム。
主に「フェミニズムにおける異性愛中心主義」や「同性愛者解放運動におけるゲイ男性中心主義」に嫌気がさしていた人々が支持した。
レズビアン・フェミニズムにおいては a woman-identified woman あるいは a womyn-identified womyn という言葉がよく使われていたが、これは「女性アイデンティティの女性」という意味ではなく、どちらかというと直訳的な「女と同一化する女」に近い意味。家父長制が女に「一人の個人ではなく、男との関係においてのみ存在せよ」——ある男の母であれ、ある男の妻であれ、ある男の娘であれ、ある男の愛人であれ——と命じてくることへの抵抗として、男との関係を拒絶したり無価値化する実践として「私は a man-identified woman ではなく a woman-identified woman だ」と宣言する意味合い。
注:womyn は women のスペルを変更したもの。men という言葉から派生したかのような women という表記を拒絶する意味で使われていた。他にも “wimmin” や “womin” という言葉も使われていた。
例文
Lesbian feminism challenges the idea that heterosexuality is the only natural way of living, and instead centers women’s relationships as a political choice.
(レズビアン・フェミニズムは、異性愛だけが唯一の自然な生き方だという考えに異を唱え、代わりに女性同士の関係性を政治的な選択として中心に据える。)
A common critique of lesbian feminism is that it has tended to exclude trans women and bisexual women, often as a matter of political principle.
(レズビアン・フェミニズムに対する一般的な批判の一つは、それがトランス女性やバイセクシュアル女性を排除する傾向があり、それはしばしば政治的原則の問題としてなされてきたというものである。)
備考
レズビアン・フェミニズムの担い手の多くは現在で言うレズビアン当事者だったが、男による支配(家父長制、暴力、強制的異性愛 compulsory heterosexuality など)を拒絶し抵抗することで「政治的選択として」レズビアンになれるという考え方(ポリティカル・レズビアニズム)が受け入れられており、女性に性的欲望が向かない女性もレズビアン・フェミニストとして活動する場合があった。
ポリティカル・レズビアニズムに対しては「レズビアンというものを男性の拒絶という政治的選択に矮小化している」「レズビアンと表明しているくせに、女性と性愛関係を結ぶ女性たちのための活動は何らしてないような人もいる」など、内部からも外部からも批判があった。
女性だけの共同体(コミューン)を作り男性と一切関わらない生活を志向するレズビアン分離主義(lesbian separatism)もレズビアン・フェミニズムの特徴の一つ。こうした共同体は “a womyn’s land” と呼ばれ、実際に世界にいくつも存在した(少数だが現存するものもある)。
注:separatism の発音は「セパレイティズム」ではなく「セパラティズム」(セにアクセント)が正しい。
女性による分離主義は非常に強い社会の反発を受けることが多いが、そうした反発に対する反論として「男性による分離主義は社会のあらゆるところで見られるではないか」というものがある。確かに軍隊、スポーツ、労働組合、企業の経営陣、宗教施設など、歴史的にほぼずっと男性しか入ることを許されていなかった共同体はたくさんある。
ただし女性の分離主義の実践は「女性同士なら安全だ」とか「女性同士なら理想の関係が作れる」という幻想に基づくものが多く、女性同士の搾取や暴力から目を背けてしまうという批判もされてきた。
また、分離主義的な考え方がトランス女性の排除に行き着いてしまう場合も多々あったし、異性愛的関係を拒絶すべきだという考えからバイセクシュアル女性が「家父長制に騙されている」「裏切り者」とみなされる風潮もあった。
other mothering
意味
生物学的な母親以外の女性が、子供や地域社会の子供たちを養育・保護する共同体的なケアの実践のこと。
例文
In many Black communities, other mothering has long been a survival strategy—a system of shared care that extends beyond biological ties to uplift the entire neighborhood.
(多くの黒人コミュニティでは、アザー・マザーリングは長年にわたって生存戦略であり続けてきた。血縁を超えて近隣全体を支える、ケアを分かち合う仕組みである。)
備考
例文にあるように、人種マイノリティのサバイバル戦略——特に奴隷制度下で引き裂かれた家族を維持し、コミュニティを守るためのアフリカ系アメリカ人たちのサバイバル戦略——として発展したもの。
ここでの mothering は個別的ないわゆる「子どもの世話」だけではなく、コミュニティ全体で子どもが安全に育つ環境を作るとか、社会の理不尽に対する抵抗運動を通してコミュニティに貢献するとか、そういうことも含めて理解されることがある。
インターセクショナルなブラックフェミニズムの旗手である社会学者パトリシア・ヒル・コリンズ(Patricia Hill Collins)によって理論化された。
奴隷制度から現在まで続く黒人差別の影響で、黒人コミュニティにはしばしば「父親の不在」という現象がある。これは黒人男性が警察によって不当な割合で(= disproportionately ※動画参照)逮捕されたり、白人より重い罪を着せられたり、同じ罪でも白人より重い求刑をされたり判決を下されたりすることで、しばしば収監中であることが背景にある。そのため黒人家庭は「核家族であることを阻害されて来た」歴史を持っており、other mothering という文化がそれによる困難を軽減して来た側面は大きい。
(disproportionately という言葉については大昔に動画で解説したものがありますのでぜひご覧ください。)
matrilineal
意味
「母系の」
母系(matrilineality)とは、母親の血統や家系を通じて親族関係、財産、地位などが継承されるシステムのこと
例文
Colonial legal systems often suppressed matrilineal traditions, imposing patrilineal inheritance as part of a broader project to reshape indigenous gender relations and consolidate patriarchal control.
(植民地法制度はしばしば母系の伝統を抑圧し、先住民のジェンダー関係を再編成して家父長制的支配を強化する広範な企図の一環として、父系的な財産継承を押し付けた。)
Matrilineal inheritance does not necessarily empower women politically; in many such societies, authority is still exercised by the mother’s brothers rather than by mothers themselves.
(母系的な財産継承が必ずしも女性の政治的エンパワーメントにつながるわけではない。そのような社会の多くでは、権威は依然として母親自身ではなく、母親の兄弟によって行使されている。)
備考
lineal は line(線)や linear(直線的な)と同じ語源(ラテン語の linea)。「父系の」は patrilineal と言う。
別の概念として母権制(matriarchy)がある。これは、女性が家族や社会の意思決定、政治、経済における主導権や権力を持つ社会組織の形式であり、継承・相続のみに関わる母系制とは異なる。
歴史的に母系制や母権性の特徴が見られる地域は数多くあり、現在もインドのメーガーラヤ州などいくつかの地域で見られる。
misgender
意味
「ミスジェンダーする」
相手の性別を決めつけるような言動をし、それが相手のアイデンティティと合致しなかったとき、その言動を通して相手をミスジェンダーしたことになる。
日本語では「ミスジェンダリングする/される」という言い方をすることが多い。
例文
Using the correct pronouns is a basic sign of respect; to deliberately misgender someone is to deny their identity.
(正しい代名詞を使うことは基本的な敬意の表れであり、誰かを意図的にミスジェンダーすることは、その人のアイデンティティを否定することにほかならない。)
備考
主にトランスジェンダー当事者に対する言動について使われる言葉ではあるが、シスジェンダー当事者がミスジェンダーされないというわけではなく、むしろ日々あらゆるところでシスジェンダー当事者も性別を間違えて扱われる経験をしている。例えば女性専用スペースに入る者をより厳しく制限しようとする反トランスジェンダー的な考え方が世の中に広まるにつれて、そうしたスペースを利用しようとする女性が「男性的な見た目をしている」ということを理由に立ち入りを拒否されたり、追い出されそうになったりする頻度が上がる、という現象が近年よく報告されるようになった。
ミスジェンダリングは悪意のものもあれば、勘違いや、不用意に口を出てしまうことも含めた概念である。幅のある概念なので、ミスジェンダリングをどの程度「良くないこと」と非難すべきかはケースバイケースで検討されるべき、と考える人が多い。最近話題になった動画で、ディズニーで楽しく過ごしている人がスタッフに「sir」(男性に向けて使う敬称)と呼ばれたことで気分を害した様子を映したものがあったが、これに対して「単純な間違いなのだからそんなに怒るべきことではない」と言う人も多かった。一方で「単純な間違いなら一律に許されるべきだ」というのも、生きている人間同士のコミュニケーションであることを無視する意見だろう。ディズニーファンであろうその人が「sir」と呼ばれた瞬間にその日1日を全て台無しにされた気持ちになったことは、想像に難くない。「スタッフが責められるべきかどうか」と「ミスジェンダリングされた人が怒りを抑えるべきかどうか」は別の問題と考え、両方の立場に寄り添うことは可能だろう。
people who menstruate
意味
「月経のある人々」「生理のある人々」
例文
While most medical guidelines say ‘women’ when discussing menstruation, some are starting to use ‘women and people who menstruate’ to accurately describe those who need menstrual health care, regardless of their gender identity.
(月経について述べる際、ほとんどの医療ガイドラインは「女性」と書いているが、一部では、性自認にかかわらず月経に関する医療ケアを必要とする人々を正確に記述するために「女性と月経をする人々」という表現を使い始めている。)
備考
医療や保健、公衆衛生などの分野において、従来は生理・月経に関する情報やサービスの対象は「女性」と表記されてきた。しかしその言葉遣いによってトランス男性やノンバイナリーなど「女性ではないが、月経を経験する人」が月経に関する情報やサービスから疎外されてしまう、という問題があり、一部の機関や活動家が「women and people who menstruate」という表現を使用するようになった。
J.K. Rowling が2020年に devex の記事「Opinion: Creating a more equal post-COVID-19 world for people who menstruate(意見:月経のある人にとってより平等なポストコロナ社会を作っていくこと)」でこの表現が使われていることに対しオンライン上で強い非難をしたことで、一気に認知度が上がった。Rowling の非難は「女性という言葉が消し去られてしまう」というものだった。しかし記事内では women や girls という言葉も使われており、タイトル以外で people who menstruate に類する表現が使われている箇所は次のような表記である。(以下、本文に登場する順番)
An estimated 1.8 billion girls, women, and gender non-binary persons menstruate
girls, women, and all people who menstruate.
those who menstruate around the world
those who menstruate
つまり、タイトルでは少ない文字数で包括的な表現を使いつつ、本文ではまず「gender non-binary」という言葉を使うことで読者に「なぜ people who menstruate のような書き方をしているのか」をきちんと示している。また、前半では girls や women と併記することで分かりやすくしつつ、後半ではシンプルな包括的表現に着地している。
さらに、当然ながらこの記事のトピックは月経という健康や公衆衛生に関するものである。月経とは何ら関係ないような、例えば文学がトピックなのにも関わらず「この規模のベストセラー作品は、月経のある作家としては初の快挙です」などと言ったのであれば、そこに girls や women という言葉を使わないようにしようと呼びかける意図がある、と言えるかもしれないが、この記事は月経がある人々を(女性なのかどうかに関わらず)包括的に支援の対象とすべきだという至極当然の立場から書かれているだけであり、そこにそのような意図を読み込む方が間違えている。
gynecologist
意味
「婦人科の医師」
女性の生殖器系(膣、子宮、卵巣、乳房など)の健康を専門とする医師のこと。妊娠・出産を専門とする産科医(obstetrician)と合わせて「OB/GYN(産婦人科医)」と呼ばれることも多い。
発音注意:「ガイニコーロジスト」
例文
It’s important for people of all genders to feel comfortable seeing a gynecologist, not just cisgender women.
(シスジェンダーの女性だけでなく、すべてのジェンダーの人々が気軽に婦人科医を受診できる感覚を持てることが重要である。)
備考
OB/GYN(産婦人科)はシスジェンダーの女性に限らず、トランス女性、トランス男性、またその他あらゆるアイデンティティの人々にとって必要不可欠な医療を提供している場。なぜなら、ホルモン療法、がん検診などの健康維持、性別適合手術前後のフォローなどトランス医療と呼ばれるものに専門家として深く関わっているからである(例えばそもそも産婦人科は更年期障害や不妊治療などで日常的にホルモン製剤を扱っている)。
いまだに「シスジェンダー女性のための場所」というイメージが強く、待合室の雰囲気や名前の呼び出し、問診票の性別欄などがストレス(受診バリア)となるケースがあり、受診のハードルを下げるために動いたり働きかけている人たちがいる。
産婦人科と一切関わらずにトランス医療を受けることも可能ではあるようだが、ジェンダー外来などの数がまだまだ少ない現状(地域格差もありますね)では、必要な医療ケアを受ける場として産婦人科が有効な選択肢となるトランス当事者は多い。特にトランス男性やその他の AFAB(前回のジェンダー編でやりましたね)は、移行プロセスやその前後で産婦人科と関わる可能性が非常に高い。
トランス女性については、あたかも本人が喜んで産婦人科を受診しているかのように言うトランスヘイターがいるが、実際には「現実的に必要な選択」であることの方が圧倒的に多いだろう。

以上です
今回もかなり濃いめの解説付きでお届けしました。
次回以降のジェンダー編では、以下の表現の解説をしていく予定です。まだメール登録していない人は、ぜひ今のうちに登録しておいてくださいね。
victim-blaming
intimate partner violence
the DVHF approach
battered women
negative survivorship
victimize
gendered
androcentrism
the token woman
the male gaze
racialized beauty standards
fat positive feminism
survival sex
decriminalization
ではでは、今日もお疲れ様でした。
瀬戸マサキ

